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2009年07月02日

城山(しろやま)

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鹿児島を語る時、西南戦争を避けて通ることはできない。鹿児島では「10年の役」という。骨肉の争いとなったこの日本最期の内乱は、発展途上の国力を消耗し疲弊させたが、それ以上に鹿児島の人的物的損害は甚大であった。わずか130年前、「政府に訊問の筋之有り」という、ただそれだけの理由で有為の人材が幾千幾万と屍を山野に晒したことに私は慄然とする。その最期の舞台が城山である。
城山に立てこもった賊軍は四百に満たない。それを数万の政府軍が十重二十重に包囲した。まさに袋の鼠である。私はこの反乱に大義があったなどとは毛頭思わないが、この最期の決戦は避けられたのではなかろうかという思いが消えない。既に熊本で雌雄は決していたのである。

城山は標高107mという。山頂に鹿児島市街と桜島を一望できる展望台ができている。山自体が鹿児島城(鶴丸城)の裏山で、鶴丸城はこの山を背負って海に向かって門戸を開いている。鶴丸城に天主は設けられなかった。「人をもって城と為す」島津の思量はそれを許さなかった。今見ると城の堀も「こんなもんで守れるか」と思うほど貧弱、かつ狭い堀である。まずは天険を背負っている自負がある。故にここは島津家久築城以来立ち入り禁制の聖域であったと聞く。今でもツタやシダなどの亜熱帯植物や年代を経た照葉樹が自生する自然林である。
明治十年雪の降る中、城続きの厩跡に勢ぞろいした私学校徒1万5千は陸軍大将、西郷隆盛の閲兵を受け出立した。その時の薩摩の兵制はその後の陸軍の編成とは多少異なる。一小隊200人、100人に半隊長一名を置く。10小隊で1大隊、一番から五番までの大隊と独立大隊その他の編成がされた。西南戦争小史については次を参照されたい。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E5%8D%97%E6%88%A6%E4%BA%89

雨は降る降る 人馬は濡るる。越すに越されぬ田原坂
歌に歌われる田原坂の激闘を経て、人吉、宮崎と壮絶な退却戦ののち鹿児島に立ち戻った敗残兵は城山に篭った。

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城山の攻防はウキペディアから引く。
9月1日、鹿児島入りすると、辺見は私学校を守っていた200名の官軍を排除して私学校を占領し、突囲軍の主力は城山を中心に布陣した。このとき、鹿児島の情勢は大きく西郷軍に傾いており、住民も協力していたことから、西郷軍は鹿児島市街をほぼ制圧し、官軍は米倉の本営を守るだけとなった。しかし、9月3日には官軍が形勢を逆転し、城山周辺の薩軍前方部隊を駆逐した。反撃に出た西郷軍では9月4日、貴島率いる決死隊が米倉を急襲したが、急遽米倉へ駆けつけた三好少将率いる第二旅団に阻まれ、貴島以下決死隊は一掃された。こうして官軍は9月6日、城山包囲態勢を完成させた。この時、薩軍は350余名(卒を含めると370余名)となっていたので、編制を小隊(各隊2030名)に改めた上で以下のように諸隊を部署した。

狙撃隊 ─ 小隊長蒲生彦四郎 … 西郷の警備
城山方面 ─ 小隊長藤井直次郎
岩崎本道方面 ─ 小隊長河野主一郎
私学校・角矢倉方面 ─ 小隊長佐藤三二
県庁・二ノ丸・照国神社方面 ─ 小隊長山野田一輔
大手・本田屋敷方面 ─ 小隊長高城七之丞・副小隊長堀新次郎
上の平・広谷・三間松方面 ─ 小隊長河野四郎左衛門
新照院・夏陰下方面 ─ 小隊長中島健彦
夏陰 ─ 小隊長岩切喜次郎
後廻 ─ 小隊長園田武一
後廻・城山間 ─ 小隊長市来矢之助
官軍の参軍山縣有朋中将が鹿児島に到着した9月8日、可愛岳の二の舞にならないよう、「包囲防守を第一として攻撃を第二とする」という策をたてた。この頃の官軍の配備は以下のようになっていた。

丸岡・浄光明寺・上の原 ─ 第2旅団(三好重臣少将、本営鶴見崎)
高麗橋・谷山道・海岸沿・西田橋 ─ 第3旅団(三浦梧楼少将、本営騎射場)
多賀山・鳥越坂・桂山 ─ 第4旅団(曽我祐準少将、本営韃靼冬冬)
甲突川・西田橋・朽木馬場 ─ 別働第1旅団(高島鞆之助少将、本営原良)
下伊敷 ─ 別働第2旅団(山田顕義少将、本営上伊敷)
米倉方面 ─ 警視隊(本営米倉)
西南戦争が最終局面に入った9月19日、西郷軍では一部の将士の相談のもと、山野田・河野主一郎が西郷の救命のためであることを西郷・桐野に隠し、挙兵の意を説くためと称して、軍使となって西郷の縁戚でもある参軍川村純義海軍中将のもとに出向き、捕らえられた。22日、西郷は「城山決死の激」を出し決死の意を告知した。

今般、河野主一郎、山野田一輔の両士を敵陣に遣はし候儀、全く味方の決死を知らしめ、且つ義挙の趣意を以て、大義名分を貫徹し、法庭に於て斃れ候賦(つもり)に候間、一統安堵致し、此城を枕にして決戦可致候に付、今一層奮発し、後世に恥辱を残さざる様、覚悟肝要に可有之候也。
翌23日、軍使山野田一輔が持ち帰った参軍川村純義からの降伏の勧めを無視し、参軍山県からの西郷宛の自決を勧める書状にも西郷は返事をしなかった。

9月24日午前4時、官軍砲台からの3発の砲声を合図に官軍の総攻撃が始まった。このとき西郷・桐野・桂久武・村田新八・池上・別府晋介・辺見十郎太ら将士40余名は西郷が籠もっていた洞窟の前に整列し、岩崎口に進撃した。進撃に際して国分寿介・小倉壮九郎が剣に伏して自刃した。途中、桂久武が被弾して斃れると、弾丸に斃れる者が続き、島津応吉久能邸門前で西郷も股と腹に被弾した。西郷は、負傷して駕籠に乗っていた別府晋介を顧みて「晋どん、晋どん、もう、ここでよかろう」と言い、将士が跪いて見守る中、跪座し襟を正し、遙かに東方を拝礼した。遙拝が終わり、切腹の用意が整うと、別府は「ごめんなったもんし(お許しください)」と叫ぶや、西郷を介錯した。その後別府晋介はその場で切腹した。

西郷の切腹を見守っていた桐野・村田新八・池上・辺見・山野田・岩本平八郎らは再び岩崎口に突撃し、敵弾に斃れ、自刃し、或いは私学校近くの一塁に籠もって戦死した。

午前9時頃、銃声は止んだ。戦死を肯(がえ)んぜず、挙兵の意を法廷で主張すべきと考えていた別府九郎・野村忍介・神宮司助左衛門らは熊本鎮台の部隊に、坂田諸潔は第四旅団の部隊にそれぞれ降伏した。ただ降伏も戦死もしないと口にしていた中島だけは今以て行方が知れない(「鹿児島籠城記」には岩崎谷で戦死したという目撃談が残っている。これが正しいようだ)。

西南戦争による官軍死者は6,403人、西郷軍死者は6,765人に及んだ。この戦争では多数の負傷者を救護するために博愛社が活躍した。


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西郷隆盛が最後の5日間を過ごした洞窟

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タグ:西南の役
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カテゴリー:鹿児島百景
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2009年06月26日

平川動物園・錦江湾公園

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「動物園なんて…」
久しく行っていないという方は多いに違いない。子供の頃の十年、あるいは子育て期の十年、それ以外に足を向けることは希であろう。現代人は、童心に帰って動物園で遊ぶほどの時間を持たない。
私も物心ついて動物園に足を向けたのは数えるほどしかない。
ぽっかりと空いた春の好日、家内と長女を誘って平川動物園に出かけた。ほとんどが子供づれ、いい年をした大人だけというのは私たちだけだ。入場料200円を払って中に入る。順路に沿って歩いていくと、突然大音響の咆哮にひったまげた。虎だ!
昔の鴨池動物園で私の一番の関心はボートだった。貸しボートに乗るために動物園に行った。動物には眼もくれなかったというから、多少は変わった子供であったかもしれない。いや、野獣ならぬ家畜ならまだ家のあちこちにいたのだから、それも当然であったろうか。動物園はやはり生き物に直接接する機会のない都会の子供のための施設である。
平川動物園の開園は70年代初めというから、もうかれこれ40年、これといって変化がないのも動物園の動物園たるところ。子供たちはじいちゃんに連れられてよく動物園に行ったが、その時の写真となんら変わるところがない。風に乗ってくる臭いも動物園特有のものである。ちょっとたじろぐ。
鳥類、哺乳類、爬虫類、園内をぐるぐる廻って、コアラ舎を覗き、象舎の前に出た。大人にはどれを見てもそれほどの感動はないのだが、大人は子供の喜ぶ様がすなはち感動なのである。
大人200円、子供50円で休日をのんびり過ごす、そういう施設は今の鹿児島にはここしかない。

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200円が惜しい口は隣の錦江湾公園はいかがであろうか。春から秋、色とりどりの薔薇を観賞できる。なによりもここは訪れる人が少ないのがいい。おまけにただである。お弁当を持ってピクニック気分で登っていくと、峠でF2ロケットが迎えてくれる。ここからの市街の眺望もすばらしい。

錦江湾公園

 鹿児島市の南部、平川動物公園に隣接する公園です。なだらかな丘陵地に花と緑を生かして作られた公園で、フィールドアスレチック、公園、ばら園、香の散歩道、ロケット広場、多目的広場、見晴らし広場、宇宙学習施設(ミリ波望遠鏡)などのレジャー施設があり、大人から子供まで自然を満喫しながら楽しめます。
 バラ園の見頃は春から秋で、33種類が咲き競います。 また、平成8年には、宇宙をテーマとした遊具施設・スペースランドも仲間入りし、子供達に大人気です。
 キャンプ場は、約2万9000平方メートルの敷地に、炊事場など基本的な設備のほか、ファイアー設備や障害者用のトイレも備えられています。
(鹿児島市HPより引用)

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周辺地図
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カテゴリー:鹿児島百景
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2009年06月16日

マリンポートかごしま

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まだ種子島にいる頃、ずいぶんと新聞紙上を賑わした「人口島問題」。膨大な費用を費やして錦港湾を埋め立て、人工島を建設することの是非が争われたのだが、当時私は離島の住民であまり実感がなかった。すでにその時から県財政は危機に瀕しており、推進派と白紙撤回派に分かれて丁々発止のやり取りがあったと思う。凍結を主張する(と思うのだが、定かではない)新知事が誕生して、沙汰止みになったとばかり思っていたのだが、そうではなかった。
一期工事は完了し、マリンポートと命名し一昨年運用を開始している。港は海にあるものとばかり思っていたが、「海の港」と言うところを見ると、山の港もあるようだ。まぁ、鹿児島の新名所であるのは間違いない。鹿児島のポータルサイトと自負するからには新名所をはずすわけにはいかない。温泉の帰り訪ねてみた。

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人工島はこの橋でつながっている。俯瞰すればおよそこんな感じ(県HPより借用)

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以下、公式見解を引く。

整備の目的
大型観光船埠頭(貨客兼用)など国際交流拠点形成
大型観光船埠頭、国際会議場、多目的広場などを整備し、「南の拠点かごしま」にふさわ しい国際交流拠点の形成を図ります。

災害時における広域防災拠点形成
離島急患搬送用にも対応できるヘリポートを設けるとともに、災害発生時における緊 急輸送拠点や避難広場等の広域防災拠点機能の形成を図ります。

マリーナや親水緑地など海洋性レクリレーション需要への対応
海洋性レクリエーション需要の対応を図るため、マリーナや親水緑地などを整備します。

砂防事業と港湾事業との連携
主に桜島の野尻川等から発生する土石流除去土砂を受け入れます。

事業概要
大型観光船が接岸できる岸壁を整備するとともに,県民や観光客の皆様が錦江湾や桜島の雄大な景観を満喫し,憩い,散策できる緑地空間を整備しています。

施設概要
エントランス道路ゾーン
 エントランスを意識した道路植栽
西広場ゾーン
 イベントやスポーツなど,多目的に活用する空間
 災害発生直後の一時避難場所としても活用
歓迎セレモニーゾーン
 南国鹿児島をイメージした空間で観光客を迎える場
緑陰広場ゾーン
 訪れた県民や観光客が憩い,くつろぐ場
散策・展望ゾーン
 散策しながら桜島や錦江湾,大型観光船を展望できる場


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橋をわたって、まずその広大な眺めに驚いた。建物や車が立て込んだ場所でちまちま暮らしていると、人間がみみっちくなっていけない。眼前をさえぎるものがないというだけで、爽快な気分になる。

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国内外の観光船が着岸する埠頭。

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すでに二年が経過して植栽も青々と葉を広げている。天然の黒松は県下一円松くい虫の被害でだいぶ少なくなったが、ここは今伸び盛りである。松くい虫に強い品種だという。海風に頬をなぶらせて松籟の中散策するとそのうち、ここが人口の島であることを忘れてしまう。

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二期工事の埋め立てもあらかた終わっているようだ。ここには何ができるのだろう。

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全般によく整備され、訪れる人も少なくて日頃の屈託を埋めるに格好の場所である。土の感触こそないものの心やすらぐ一時がもてることは間違いない。まだ一度も訪ねていないあなた! 一人であるいは二人で、家族で、弁当を持ってぶらり訪ねてみては如何。
老婆心で申し上げますが、売店などはありません。必ず水筒、弁当は持参ください

付近地図
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カテゴリー:鹿児島百景
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2009年06月14日

八幡温泉保養館

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喜入の八幡温泉は本来なら南薩摩に位置するのだが、喜入町が鹿児島市に編入したことによって、鹿児島市南部となり「鹿児島市マリンピア喜入」と名を変えた。公営施設である。食堂・売店を含む「道の駅、喜入」が、八幡温泉保養館、室内温水プール、多目的広場を内包しマリンピア喜入を構成する、なにやらややこしい設定だ。
湯料300円。身障者割引もある。大浴場にはL字型の広い浴槽がしつらえてあり、うたせ湯、寝湯、サウナ、水風呂が整然と並んでいる。清潔感あふれる湯屋、脱衣室は公営ならではのものだろう。

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休憩施設も充実しており、一階は売店、食堂などのほかゆったりとくつろげるソファーが数脚並べられており、寝そべって夢の世界に入りこみたい誘惑に駆られる。前面は八幡川河口の先に波静かな錦江湾、左に日石喜入基地が静まる。のどかな風景だ。二階には有料だが会議室、演芸場、和室がある。いささか遠いが、家族連れでのんびりと一日を過ごすには適している。子供は温水プール、大人は温泉で汗を流し、二階に上がって飲めや歌えの大宴会など如何であろうか。

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八幡温泉保養館
住所  鹿児島県鹿児島市喜入町6094-1 TEL 0993-45-1117
交通  JR中名駅から国道226号を指宿方面へタクシーで5分。
交通(車の場合)  九州自動車道鹿児島ICを降りる。国道226号線を南下し道の駅喜入の中にある。
営業期間・時間 通年 10:00〜21:00
休業日 第2、4月曜日、大晦日、元旦
料金  300円
駐車場  200台

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周辺地図
posted at 18:04 | 鹿児島 晴れ
カテゴリー:鹿児島の温泉
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2009年06月11日

慈眼寺温泉(じげんじおんせん)

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慈眼寺は、私が学生の頃は田圃が広がるのどかな田園地帯だった。それが今では住宅やビルが立ち並ぶ市街地になってしまった。七つ島という地名の通り、眼前には海が広がっていたはずなのだが、行けども行けども海は見えない。ぽつんと一つだけこんもりと島らしい面影を残しているが、周り一面広大な工業団地に化けてしまった。
慈眼寺公園の中に入るとまだまだ自然は残っている。そうめん流しはすっかり指宿の唐仙峡にお株を奪われた格好だが、私は毎年ここでソーメンを食べビールをがぶ飲みして夏越の祭りとする。
朝からぽつりぽつり落ちていた雨が、昼を過ぎると勢いを増してきた。いよいよ鹿児島も梅雨に入る。
鹿児島市谷山で残すは慈眼寺温泉だけ、夏越にはちと早いが今日はこれを制することとした。昨年編入した喜入の八幡温泉も鹿児島南ということになるが、取り敢えずはこれで「かごしま南」を網羅したことになる。
慈眼寺温泉は、タイヨー慈眼寺店を目当てにしていけばよい。そこから眼と鼻の先だ。
駐車場が広い。地下にも駐車場が設けられている。果たしてこれだけの車が入るのだろうか。平日の昼間だから散閑としていた。番台があり左右に男湯と女湯がある。おなじみの風景だ。但し休憩室は広め、二階に食事処もあるようだ。
番台でカメラは取り上げられたので内部は写せなかった。どこでも「中を写してもいいですか」と聞くのだが、たいていは拒否される。それはそうだろう、誰もいない時ならともかく、裸の人を写せば肖像権の侵害だ。安心してちんぽこやおそそを晒せない。
お湯は温めの塩化物泉、ちょっととろりとしてちょっと塩辛い。中は広くはないが、無色透明の豊かなお湯がそれぞれの浴槽に溢れている。足を入れて「おや」とつぶやいた。意外に熱くない。私は高血圧なので、熱いお湯には閉口する。温いお湯に首まで浸かってホッと息を吐く。極楽だ。
すみずみまで掃除が行き渡り、すがすがしい気持になる。湯主の考えや姿勢や心意気が伝わってくる。こうでなくちゃいけない。
あ、そうそう。慈眼寺は曹洞宗の古刹、飛鳥時代の文献にその名前があるそうである。

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慈眼寺温泉
住所 : 鹿児島市谷山中央6-35-20
T EL : 099-260-1010
http://homepage2.nifty.com/kamitaku/KAGOON48.HTM

泉 質   単純泉 休業日 不定休
効 能   神経痛・筋肉痛・関節痛 など 備 品 タオル・石鹸・シャンプー購入可 ドライヤー有料
浴 場   岩風呂・気泡風呂・電気風呂・超音波風呂 など
家族湯   1時間 ¥2,000円
料 金   ¥360 休憩室 あり
時 間   6:00〜22:00
宿 泊   なし
交 通   JR慈眼寺駅から一般道を和田方面に車で2分。
駐車場  80台

付近地図
posted at 08:55 | 鹿児島 霧
カテゴリー:鹿児島の温泉
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